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頑張ることがやめられない頑張る教の信者たち

頑張ることがやめられない 生き方

 

頑張ることがやめられない

こんにちは。ろぺ @rope624 です。

突然ですが、皆さんは普段自分は「頑張っている」と思いますか?

もしくは、頑張らなきゃいけないと思っていますか?

頑張ることが素晴らしいと思っていますか?

頑張れなかった日はダメだと思っていますか?

だとしたら、

あなたも頑張る教の信者かもしれません。

 

ろぺも頑張る教の信者だったよ🙌💦

頑張ることがやめられない人たち

頑張る教の信者は、頑張ることがやめられません。

いつも頭の中は「頑張らなきゃ!頑張らなきゃ!」でいっぱいです。

頑張ることが当たり前だと思っています。

ちょっとでも休んでいようものなら罪悪感を抱きます。

止まることができません。

私もそうで、自分はマグロのような人間だと思っていました。

止まったら死んじゃうんです。_(:3」∠)_

ずーーーーーっと泳ぎ続けていないと生きていられないんです。

自分を保っていられないんです。

🐟💦💦

自分でもおかしいなと思いつつ、でも休むことはできませんでした。

頑張ることが正しくて頑張ることが正義だと思っていましたから。

でも当然、そんな生き方は続くはずがありません。

ある日突然、電池が切れたように動けなくなります。ネジが吹っ飛んで壊れます。

そんなジェットコースターのような日々の繰り返しでした。

 

子供の頃からすでに入信していた頑張る教

おそらく私は、子供の頃から、物心ついた時にはすでに頑張る教に入信していたと思います。

子供ですから当然気づいていません。気づくはずありません。

自分が頑張る教に入信しているなんて。

頑張ることが正しいと思っていたので、勉強でもテストでもコンクールでも、お稽古やクラブ活動でも、

頑張らないといけないと思っていました。

そして実際に頑張っていました。

褒められることが当然だと思っていました。

作文や絵やお習字や合唱のコンクールでは、いつも賞をとらないといけないと思っていました。

そして取れなかった時には酷く自分を責めました。

悔しくて悔しくて情けなくて情けなくて、自分をボコボコに殴りたいくらいでした。

そのくらい、頑張ることにも褒められることにも賞をとることにも、執着をもっていました。

当時を思い出すと、今でも息苦しくなります。

毎日が闘いでした。毎日ガチガチに緊張していました。ピリピリソワソワドキドキしていました。

 

頑張ることが当たり前、頑張れない自分はクズ

その頃から、頑張ることが正しく頑張ることが当たり前で生きていたので、

頑張れない人や頑張れない自分はダメな人間だと思っていました。だとすら思っていました。

だから頑張っていない人を見ると「ちゃんとやれ!」「しっかりしろ!」「もっと頑張れ!」と思っていました。

もちろん自分自身にも。

頑張らないと褒めてもらえない頑張らないと認めてもらえない頑張らないと愛されない

頑張っていない人間はクズだぐらいに思っていたかもしれません。

頑張っていない自分を許せないと、頑張っていない他人まで許せなくなるんです。

他人まで頑張る教に引き込もうとするのです。

そのぐらいどっぷりと頑張る教の精神に浸かっていました。

 

あなたの周りにもきっといる頑張る教の先輩たち

おそらく頑張る教の信者たちの多くは、自ら進んで頑張る教に入信したのではないのではないかと思います。

どなたかが勧誘してくれたのではないでしょうか。

どなたかが誘導してくれたのではないでしょうか。

どなたかが頑張る教への道標をしるしてくれたのではないでしょうか。

だからおそらく、自分が頑張る教に入信していることにも気づいていない人が多いと思います。

もうすでに頑張っているのに、まだ足りないまだ足りないと更に頑張ろうとするのです。

どこまでも頑張ろうとするのです。

そしてたいていの場合、周りにも頑張る教の信者がいるはずです。

先輩方がいるはずです。

それは誰でしょう。親でしょうか。先生でしょうか。上司かでしょうか。パートナーでしょうか。

観察してみてほしいと思います。

それ以前に、そもそもこの国はそういう風潮があるのだとも思います。

頑張ることが素晴らしい、頑張ることは美しい、頑張ることはカッコイイ、レッツ自分磨き!って。

書店に行けば自己啓発本が腐るほどありますし、そこらじゅうでセミナーも開催されているし、ウン十万もする教材なんかもある時代です。

満員電車にギュウギュウに詰め込まれて会社に行く人たちを見ると、もっとゆっくりすることを許されないのか?と思います。

そんな中で生きていれば、そうか頑張らないといけないのか!って嫌でも洗脳されていきますよね。

別に時代や周りのせいにしたいわけではないですが、少なからずその影響はあると思うのです。

 

ダメだと思っていたことをやってみる

がんばらなくていいよ

身体の奥深くまで染み付いてしまった頑張る教精神は、なかなかそう簡単には抜け出せないと思います。

そうは言っても、ずっと頑張る教精神に染まって頑張り続けていたら、身体も精神も壊していきますので、

どこかで自分で気づいて自分で棄教しようとするしかありません。

じゃあ、その頑張る教から抜け出すにはどうすればいいのか?

ひとつ例をあげてみると

ダメだと思っていたことをやってみる、ということです。

やっちゃいけないとおもっていたことを、敢えてやってみるということです。

やらなきゃいけないと思っていたことを、敢えてやらないでみるということです。

やらない」という選択肢を自分の中につくることです。

やらない」を選ぶことを自分に許すことです。

仕事だったり家事だったり習い事だったり、○○しなきゃいけない、○○するべきだ、と思っていたことをやめてみる、一時でも「やらない」でいてみる、

何もしない日や何もしない時間をつくってみる、何もしないことを許してみる、

休んではいけない!と思っていたなら、休んでみる

人に頼ってはいけない!と思っていたなら、頼ってみる

食べてはいけない!と思っていたなら、食べてみる

今までと逆のことをしてみる…

そして、実際にそれをやってみると、気づくことがあると思います。

なんだ、いいんだ」って。

休んでも良かったのか、別にやらなくても良かったのか、やらなくても死ぬわけじゃないのか、地球がひっくり返るわけじゃないのか、

何かしら感じられることがあると思います。

気づき発見があると思います。

人はまず気づかなければ変わることもできません。

気づくことでそこから少しずつ世界が変わっていきます。

怖いかもしれないけど、勇気がいるかもしれないけど、人が変わるとき何かが変わるときというのは、必ずその前に恐怖や不安がやってきますから、

むしろ恐怖がきたら変わるチャンスだ!と捉えてみて、

ぜひやってみてほしいと思います。試してみてほしいと思います。

「ダメだ」と思っていたことを、やってみて下さい

「やらなきゃ!」と思っていたことを、やめてみてください

その時、それまでのあなたの世界がガラガラと音を立てて壊れ、新たな世界が見えてくるかもしれません。

 

今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!

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