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自己の拠り所【居場所】としての摂食障害

居場所としての摂食障害 摂食障害

居場所としての摂食障害

こんにちは。ろぺ @rope624 です。

今回は「摂食障害の役割」について自分なりに考察してみました。

役割って何よ!こんな苦しい病に役割も何もないわ!

と思う方もいらっしゃると思いますが、とりあえず読んでみてほしいと思います。

何も無いところから病の芽は出ません。

どのようにして摂食障害が自分の「居場所」になり得たのか、自己の拠り所になっていったのか、少しでも参考にして頂けたら幸いです。

 

 

ベースにあるのは自己評価の極端な低さ

 

自己評価の極端な低さ

これはだいぶ昔に、ネットで摂食障害のことを調べていた時にどこかのページ(もう覚えていない)で見かけた言葉なのですが、

摂食障害という病の核心を突いてるなと思ってツイートしました。

ツイートへの反響も大きかったので、おそらく皆さんも「そうだ」とか「なるほど」などと共感されているのではないかと思います。

それまでは、体型や体重や、食べものや食べ方の問題にばかり目を向けていたので、これは自分の中では新しい発見でした。

摂食障害の皆さんは、共通してこの自己評価や自尊心の低さがベースにあるように思います。

そしてその極端に低い自己評価をカバーするために、埋め合わせるために、摂食障害が一役買ってくれているのではないかと思うのです。

 

挫折の経験が引き金に

挫折の経験が引き金に

ここからは少し私の経験をお話させてください。

私は摂食障害を発症する直前に、人生での大きな挫折がありました。音楽での挫折です。

私は小学校から高校まで10年近く、ずっと合唱をやっていました。

それも趣味とか楽しみ程度のものではなく、かなり本気で。人生かけるほどの気持ちと力の入れようでした。

中高では部長やリーダーもやったり、指揮者として棒も振ったり、全国大会にも行くほど合唱に全てをそそいでいました。ソロのコンクールにも出たこともありました。

部を引っ張る立場にいたので、同年代の皆からも後輩からも、そして先生からも、いつも頼りにされ慕われていました。

そこは私の居場所でした

合唱部時代のわたし

歌が好き楽しくて、そして得意なことでもあって、皆からも頼りにされ必要とされ自分が輝ける場所、、それが合唱の中でした。

それが、卒業して合唱から声楽の道へと進んだとたんに世界が一変しました。

自分の実力のなさを目の当たりにしたのです。

音楽の専門でも何でもない、ただの一般の高校の中では、そこそこ歌が上手いだけでも周りから褒められたり頼りにされました。

けれど、その音楽や歌のエリートたちが集まった大学に入ったら、自分は足元にも及ばないただのペーペーでしかありませんでした。

上には上が、さらに上が、歌のうまい人なんてこの世にうじゃうじゃ居たんです。

私は絶望しました。

歌うことが全く楽しくないどころか、もはや苦痛になりました。

自分に価値を全く感じられなくなりました。

それまでは、合唱の中では常に必要とされる存在だったのに、そこから出てみたら自分には価値などまるでなかったのです。(と当時の自分は思い込んでいた)

自尊心も自信も何もかも失った私は、そこで心にポッカリと大きな穴が開きました。

そうして、まさにそのタイミングでやってしまったのが「ダイエット」で、そこから出逢ったのが「摂食障害」でした。

病気を発症する前に、何かの挫折の経験をしたり、生きることの困難や壁にぶち当たったり、とても辛い経験をしたなどという話はよく聞きます。

そういった事がきっかけのひとつになっていることがあるのではないでしょうか。

 

ダイエットで手に入れたかりそめの自信

ダイエットで手に入れた偽りの自信

ダイエットで手に入れた痩せた体は、私に新しい自信をくれました。

痩せたことで周りから褒められたり羨ましがられたりするようになったのです。

ですがもちろん健全なダイエットではありません。食べないだけのダイエットですから、今思えばドーピングみたいなものです。

とはいえ半年で10キロほど落ちたので、周りは皆驚いたり褒めてくれたりしました。

これが、私にとっては甘い甘い罠でした。

歌と共に失った自尊心を埋めてくれるものでした。

痩せたことで周りからもらうようになった言葉は、傷ついた心やプライドを修復してくれました。

歌うことに自信と誇りを持ち、歌を愛していた自分を失った代わりに、新たに手に入れたのは「痩せの自分」でした。

それまで「歌=私」だったものが、「痩せ=私」に変わってしまったのです。

これが、私が痩せに囚われるようになった理由です。手放せなくなった理由です。

すっぽりと抜け落ちてしまった自己を、「痩せ」がカバーしてくれるようになったのです。

その時はまだそのカラクリに気づいていませんでした。

その自信がフェイクだということも、本当に欲しかったものの代わりのものでしかないということも。

 

手っ取り早く「自信」をくれるダイエット

手っ取り早く自信をくれるダイエット

確かにその時、私が痩せたかったのは事実でした。だから痩せたことは嬉しかったのですが、

ダイエットによって手に入れた痩せた身体は、私の本当に欲しいもの本当の問題目隠しするようになりました。

一見取り戻したように思えた自信も自尊心も、私が本当に欲しかった「歌においての自信」ではなく、仮の自信でした。

痩せた身体は、ただの代用品でした。

歌の世界で手に入れるはずだった未来の自分、過去に輝いていた自分、それらを失った代わりに、

痩せた自分というかりそめの姿で、あたかも自信や自尊心を取り戻したかのように生き始めました。

ダイエットは、手っ取り早く「自信」をくれます。痩せることは誰にでもできるからです。

例えば、歌手になることやサッカー選手になることは誰にでもできません。限られたほんのひと握りの人だけです。

ですが、ダイエットは誰でもできます。方法はなんであれ、痩せた身体は頑張れば誰にでも手に入れることができます。

これがです。

特に若い女性にとっては、ダイエットが一番手っ取り早く自信達成感を獲得できるものだと思います。

だからのめり込んでいくのです。ハマっていくのです。

もっともっと、もっと褒められたい!もっとすごいって言われたい!だから、もっと痩せなきゃ!もっともっともっと…

終わりがないんです。普通の人ならどこかで区切りがつくんです。もうこれだけ痩せたからいいよなって。

でも、自尊心が欠落していたり、心に傷を負っていたり、自己がない人達は、それで終わりません。

痩せることで自尊心や自己を満たそうとします。そこにすがりつきます。そこを自己の拠り所にします。

そうして一度「痩せ」の中に自分(自己)を作ってしまうと、なかなか手放せなくなるのです。

痩せを失うことは、「自己」を失うことにもなるからです

自己を守るために一生懸命「痩せた身体」を守るようになります。ずーーっと痩せていなければならなくなります。

私は過去、ガリガリに痩せていたとき、強制的に入院させられそうになったことがありました。

その時、私は人生の終わりだと思いましたこの世の終わりだと思いました。地球崩壊だと思いました。

太ることは「死」だと思っていたからです。太るくらいだったら自ら死んだ方がマシだと思いました。

だからその時、私はパニックになって、どうしたらいいかも分からずひたすら泣きまくりました。

泣いて泣いて泣いて「お願いしますやめてください」と一生懸命親に頭を下げたことを今でもよく覚えています。

あんな恐怖、今までに味わったことがなかったからです。

そのくらい、痩せが自分を保っていてくれたのです。痩せが自分そのものになっていたのです。

 

【自己の再構築】本当の自己を取り戻すために

自己の再構築

結局、摂食障害から抜け出す為には、痩せ以外のところに自分の拠り所を見出す必要があります。

すっぽりと抜け落ちてしまっている自己を、再構築するのです。

ですから、ただ太ればいいとか普通に食べられるようになればいいというのは少し違います。

無理やり太らせたり食べさせようとするのは、本人の自己を否定することにもなりかねません。

もちろん本当に生命の危機がある時は別ですが、 そうでない場合は極力本人の意思を大事にして欲しいと思います。

自己を再構築するとは、決して簡単なことではありません。とてもとても時間のかかることです。

それは、その人の「生き方」や「在り方」や「考え方」を作り直していくことであると思うからです。

これまで、健全な自己や生き方を作ってこれなかったわけです。健全な生き方や在り方や考え方を、教わってこなかったわけです。

だから上手に、大人になれなかったのだと思います。

一人の人間として、自分の足で人生を生き抜いていくためのチカラや知恵が身についていないのです。

上手な問題の解決方法を知らないのです。

ですから、そういったことを一から学んでいく必要があるのでなないかと私は思います。

そしてそれは決して一人ではできない作業だと思います。生きることは共同作業です。

自分を知ることも、自分を構築することも、人や社会との繋がりの中で人や社会を通してこそ得られるものだと思います。

人間とはそういう生き物です。決して一体だけの「個」では生きられないのです。

動物のように、ある程度したら自分で生きていけるものではありません。赤ちゃんをそのままにしておいたら死んでしまいます。

周りに人がいて、一から色んなことを教わって覚えていくのです。そうやって何年もかけて少しずつ成長して大人になっていくんです。

ですので、人の力を借りて、人との信頼関係をつくって、人や社会や環境の力も上手に借りて、一歩一歩自分をつくっていってほしいと思います。再構築していってほしいと思います。

それは、なりたい自分になることでもあり、望む未来を創ることでもあります。

本当にあなたが望んでいることは何なのか、あなたはどうしたいのか、どうなりたいのか、どうありたいのか、

そんなことから少しずつ考えてみていってほしいと思います。

決して焦らずに。人と共に。一歩一歩…

 

ろぺ
ろぺ

今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。

参考文献:こころの科学 2020年1月号 通巻 209号 摂食障害の生きづらさ

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