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居場所とは「人」であり「好きなこと」であり「役割」である

生き方

居場所」という言葉を聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべるでしょうか?

自分の家や自分の部屋でしょうか?

それとも自分の仕事や職場でしょうか?

それともお気に入りのカフェや本屋さんでしょうか?

誰もが一度は考えたことがあるであろう、この「居場所」というものを、今日は私なりに少し考えてみました。

居場所は物理的な場所だけではない

これは自分の経験から思うことなのですが、まず第一に「居場所」とは、単なる身体の置き場所ではないということです。

単に身体の置き場所であるなら、どこだって自分のいる場所が居場所になるはずです。でもそうではないですよね?

私の経験と照らし合わせてみます。

過去に私は、家族とうまくいっていない時期があり、家にいることが窮屈で居場所がなく、実家を飛び出しひとり暮らしをしていた時期があります。

引っ越しを目前に控え、その時の私は、 これで自分の居場所ができる!自由に暮らせる!そんな希望やワクワクで胸がいっぱいでした。

ところが、いざひとり暮らしを始めたとたん、私の思い描いていた理想の世界は打ち砕かれました。

実家にいた時より孤独を感じるようになったのです。

自由に暮らせる場所を手に入れたはずなのに、心はぜんぜん自由じゃなかったのです。

毎日、孤独や不安や恐怖に怯えていました。

振り返ってみると当然のことで、その時のわたしは完全に孤独でした。

家族とうまくいっていないという事だけでなく、友達も彼氏もいませんでした。仕事も安定したものではなく(水商売)職場での仲間というものもいませんでした。

完全にひとりだったのです。

心が頼れる人も場所も、何かを相談したり悩みを話せる場所もどこにもありませんでした。

居場所とは心の拠り所である

自分の経験からも、大前提としてまず居場所とは「心の拠り所」であると思います。

単に体を置いておける体の置き場所ではなく、心が安心できる場所、心の拠り所です。

心が安心できる、リラックスできる、ありのままの自分でいられる、自由な姿でいられる、素の自分を出せる場所、、そんな場所です。

そしてそれをもっと細かく見ていくと、

居場所とは「」であり、「好き」や「得意」の中であり、人や社会との「繋がり」や「関係性」の中にこそあると思います。

ひとつずつ見ていきます。

居場所とは?

居場所のまずひとつは「」だと思います。

頼れる人、安心できる人、ありのままの自分でいられる人、弱みを見せられる人、一緒にいるだけで楽しい人

この人と一緒にいる時の自分が好き!と思えるような人の隣が自分の居場所になりうると思います。

なぜだか、この人といると、この人達といると、あったかい気持ちになれる

この人(達)といると自分が活き活きする、輝ける

この人(達)といると安心できる、リラックスできる

この人(達)といると辛さを吐き出せる、弱い自分をさらけ出せる

そんな「人」の隣が
そんな「人達」の輪の中が

居場所になり得るのではないかということです。

その人(達)といれば、どこに居たってそこが居場所になります。

別に建物の中じゃなくたって、公園だって、コンビニの前だって、その人(達)といればどこだってそこが自分の居場所になれるのです。

好きなこと、得意なこと

筆文字「夢中になれること探そう」

もうひとつは、「好きなこと」や「得意なこと」の中です。

好きなことをしている時って、自分がイキイキしてると思いませんか?

私は音楽や美術が大好きで、それをしている時の自分はイキイキしていると思います。

その時の自分が一番自分らしくて自分の持っているものや才能を引き出せていて、一番自分を活かせていると思えるからです。

自分の好きなことや楽しいことをしている時って、何だか胸がワクワクしますよね、心がトキメキますよね、目がキラキラしますよね、生きてる心地がしますよね。

そのときの時間や空間もまた、居場所になり得ると思うのです。

それをやっている時の自分自身がまさに居場所になっていると思います。

自分の好きなこと、得意なこと、楽しいと思えることをぜひ探してみてください。

そこにヒントはあると思います。

役割を感じられる場所

筆文字「あなたの役割なんですか?」

そしてこれも大切な居場所の要素だとおもうのですが、

自分が必要とされている
自分が役に立っている

という感覚です。つまり自分なりに社会や誰かからの必要性役割を感じられているかどうかです。

人はみんな誰かから必要とされたいはずです。

自分を必要としてくれる人や場所を求めているはずです。

なぜなら、人は人の役に立つことで自分の生きている意味や生きる喜びを見出すことができるからです

私も、自分の描く作品を皆さんが見てくださり、泣いてくれたり感動してくれたり、ありがとうと言ってもらえた時に、自分の生きている意味を感じられました。

初めて自分は生きていてもいいんだと思えました。

「これからも作品楽しみにしています」
「私にもぜひ描いてください」

そんな声を頂くようになって自分が人から「必要とされている」という感覚を少しづつ感じられるようになったのです。わずかながら生きる意味や希望を見いだすようになったのです。

…と、これは私の話ですが、

とにかくこの「必要とされている」「求められている」感覚や「役割」は、自分の存在を自分自身で感じるためにも、自分で自分を認められるためにも、大切な要素だと思います。

「役割」と一言に言ってもいろいろな役割が考えられると思います。

職場や仕事での自分の役職や立場を、役割を感じられる場合もあれば、

家族の中で役割を感じられることもあります。例えばゴミ出しやお風呂掃除などで家族の役に立つことだって、立派な役割です。

もしくは地域のゴミ拾いやボランティアに参加することで、自分は地域や人の役に立っていると役割を感じられるかもしれません。

とにかく「自分なりに」誰かや何かの役に立っている感覚や必要とされている感覚を感じられればいいと思うのです。

その意味や大小は他人が決めることではありません。

生きる意味も、居場所も、どう生きたいかも、ぜんぶ自分で決めていいし、誰より何より自分が納得していることが大切です。

まとめ

最後に簡単にまとめておきたいと思います。

居場所を感じられる要素

  • 自分が安心できる、リラックスできる、ありのままの自分でいられる場所
  • 自分の存在を認められる場所、必要とされている場所、役割を感じられる場所
  • その人(達)といると安心できる、ありのままでいられる、一緒にいて楽しいと思えるの隣やその人達の中
  • 自分の好きなこと、得意なこと、楽しいと思えることをしている時、その時の自分自身
  • 人や社会との繋がり関係性、その中での自分の役割を自分なりに見い出せていること、役に立っている感覚を感じられていること

ちなみに私にとってはこのブログも私の「居場所」のひとつだと思っています。

自分の感じたことや思うこと、考えていることをありのままに綴っていくことで、少しでも誰かの役に立てたらいいなと思っています。

そんな自分の居場所を自分の手で創っていけたらと思います。

筆文字「居場所」

 

 

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